ラリー・スコットのすべて【初代Mrオリンピア】

選手紹介

初代Mrオリンピアとしてボディビルの歴史に名を刻み、今なお有名なラリー・スコット。

今回の記事では、彼の生い立ちから経歴、トレーニング方法や食事に至るまで紹介していきます。

プロフィール

本名:ラリー・D・スコット
出身:アメリカ合衆国アイダホ州ブラックフット
生年月日:1938年10月12日
身長:170cm
体重:89-94kg
上腕:51cm
Larry Scott (1965, 1966) | Mr olympia, Bodybuilding, Bodybuilding pictures

経歴

生い立ち

アメリカ・アイダホ州で生まれたラリー。

幼いころはスポーツ大好き少年で、すくすく成長していきました。

しかし、子供のころは小柄でやせ型だったラリー。

高校でアメフトかバスケットボールをやりたいと考えていましたが、体格のせいで入部を断られてしまいます。

なんとかして運動部に入部したかったラリーは体操部に入部し、そこでめきめきと才能を現していきました。

州の代表に選ばれるなど、体操選手として高いレベルで活躍していったと言います。

ボディビルとの出会い

ラリーがボディビルとの出会ったのは1956年、18歳のときでした。

たまたま捨てられていたボディビル雑誌を見つけた彼は、そこで初めて筋肉に興味を持つようになりました。

やせ型で自分の体型をコンプレックスに感じていたラリーは、この雑誌をきっかけに、すぐにダンベルを買ってウエイトトレーニングを始めました

どんどん筋トレにはまり込んでいったラリーの筋肉はすぐに成長し、いつのまにかコンプレックスは消え去っていました。

トレーニングを始めて3年の1956年、ラリーは大会に出場することにも興味を持ち始めます。

初めての大会は「Mr. Idaho」。

何となく出場したこの大会でなんと優勝。

そこから彼はフィットネスの世界に足を踏み入れることを本格的に考え出すようになります。

カリフォルニアへ

次第にボディビルに魅了されていったラリー。

大学入学のためにカリフォルニアに引っ越した彼はそこで「Mrマッスルビーチ」ことルー・デニーに出会います。

彼の指導ものとトレーニングを重ねていったラリーは、後年大活躍することになる肉体の基礎を創り上げていきました。

ビンスとの出会い

大学を卒業し、電気技師として働きながらトレーニングに励んでいたラリー。

ビンスジムというジムに通うようになり、そこでボディビル界のレジェンドとの呼び声も高かった、ビンスというトレーナーに出会います。

ビンスの指導のもとめきめき実力をつけていったラリー。

1960年には「Mr. California」で優勝し、ボディビルダーとしての知名度も上げていきました。

Mrオリンピアへ

その後もラリーの活躍は続きます。

1964年までに4つの大会で優勝を飾り、3つの大会でトップ3に入賞するなど、目覚ましい活躍を遂げ、時代を代表するボディビルダーとして認知されていきました。

そして来る1965年、ジョー・ウィダーによって初めてMrオリンピアが開催されました。

「Mr. Universe」の優勝者を集めた、名実ともに世界最高の大会であるMrオリンピア。

ラリーはそこでも優勝を果たし、歴史上もっとも偉大な大会の初代チャンピオンとして歴史に名を刻みました。

翌年も優勝を果たしたラリー。

ボディビルダーとしての地位と名声をほしいままにしました。

引退・復帰

トップビルダーとして活躍し、2度も世界の頂点を経験したラリー。

オリンピアでの連覇後は

「ボディビル界でできることはすべて成し遂げた」

と考えるようになります。

そして1966年、28歳という若さで引退し、第二の人生を歩み始めました。

引退から13年、41歳となったラリーは再びボディビルの世界に姿を現します。

2つの大会に出場しましたが結果は9位と順位外。

自分の全盛期がすでに過ぎ去っていることを実感したラリーは、再び引退を表明しました。

ボディビル界の伝説

初代Mrオリンピアに輝くなど目覚ましい活躍でボディビル界を盛り上げたラリー。

その功績によって、1999年、IFBBの名誉殿堂入りを果たしました。

Larry Scott, The Beginning - VinceGironda.com

大会成績

  • 1959 Mr. Idaho 1位
  • 1960 Mr. California – AAU 1位
  • 1960 Mr. California – AAU, Most Muscular 1位
  • 1960 Mr. Los Angeles – AAU, Most Muscular 3位
  • 1960 Mr. Los Angeles – AAU 3位
  • 1961 Mr. Pacific Coast – AAU, Most Muscular 1位
  • 1961 Mr. Pacific Coast – AAU 1位
  • 1962 Mr. America, Medium 2位
  • 1963 Mr. Universe, Medium 1位
  • 1964 Mr. Universe, Medium 1位
  • 1965 Mr. Olympia 1位
  • 1966 Mr. Olympia 1位
  • 1979 Canada Diamond Pro Cup 9位
  • 1979 Grand Prix Vancouver 順位外

トレーニング

現役時代のラリーは週に6回トレーニングするルーティーンを採用していました。

週に合計12時間以上トレーニングするように決めており、一回のトレーニングは2時間程度でした。

分割は上半身、下半身、体幹という3分割

それぞれの部位について4種目のトレーニングを行っていたと言います。

1セットの回数は8~10回、インターバルを可能な限り短くして多くのセットをこなすようにしていたそうです。

1種目を10セット以上することもあったそうです。

また、極端に重たい重量を扱うことは少なく、比較的軽い重量で丁寧にトレーニングすることを心がけていたようです。

成長の停滞を防ぐため、2カ月に1回トレーニングメニューを変えるなどの工夫もしていたそうです。

Larry Scott's Old-School Biceps Workout | Muscle & Fitness

食事

ボディビルダーとして、ラリーは食事にも最新の注意を払っていました。

実際の食事メニューは以下のような感じです。

1食目ホエイプロテイン、ミルク、クリーム
2食目チーズ
3食目肉類
4食目肉類
5食目ホエイプロテイン、ミルク、クリーム
6食目肉類とチーズ

また、料理をあまりしなかったラリーは、栄養の偏りを防ぐため、サプリメントも摂取していました。

実際に摂取していたサプリメントは

  • ホエイプロテイン
  • ビタミンB群
  • 肝臓用サプリメント
  • 塩酸錠

です。

Bodybuilder Larry Scott - dieta, formazione, misurazioni, foto e video -  it.detiradugi.com

まとめ

初代Mrオリンピア、ラリー・スコットについて紹介してきました!

権威あるオリンピアの歴史の第一歩を刻んだラリーの功績は、今後もボディビルファンの間で語り継がれていくでしょう。

以上、『ラリー・スコットのすべて【初代Mrオリンピア】』でした!

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