サミア・バヌーってどんな人?【経歴からトレーニング、食事まで】

選手紹介

リー・ヘイニーを破ってMrオリンピアで優勝を果たし、「レバノン杉」という名で称賛されるすばらしい下背部で有名なボディビルダー、サミア・バヌー

その功績とは裏腹に、日本での知名度はさほど高くなく、

名前も聞いたことない

という方も多いのではないでしょうか?

ということで今回の記事では、サミア・バヌーの経歴やトレーニング方法、食事内容に至るまで紹介していきます。

プロフィール

本名:サミア・バヌー(Samir Bannout)
愛称:The Lion of Lebanon
出身:レバノン・ベイルート
生年月日:1955年
身長:173cm
体重:104kg
Samir Bannout - Old School Labs Of Califirna Ambassador

経歴

生い立ち

レバノンのベイルートで生まれたサミアは、物心ついたころからボディビルに興味を持っていました

アスリートの彫刻のような肉体に畏敬の念すら抱くこともあり、いつしか自分もそんな肉体を手に入れることを夢見ながら、彼はすくすく育っていきます。

16歳になるとサミアはすぐにジムに通い始め、ウエイトトレーニングを開始しました。

ジムに入会し、すっかりトレーニングのとりこになったサミア。

トレーニングを始めて3年後の19歳の時には、

プロのボディビルダーになる

という夢を明確に抱くようになっていました。

19歳のサミアは夢を達成すべく、大会に出場し始めます。

初めて出たのは1974年、アメリカで開催された「Mr. Universe」でした。

大会最年少ながら7位と大健闘し確かな手ごたえを感じたサミアは、ボディビルに対する情熱をさらに燃やしていきました。

Samir Bannout Signs With Old School Labs - Generation Iron Fitness &  Bodybuilding Network

プロへ

24歳になったサミアは、ボディビルダーとしてのさらなる成功を求め、アメリカへの移住を決意します。

その年が彼にとって転機の年となりました。

並み居る強豪たちを打ち負かして「World Amateur Championships」で優勝し、プロのボディビルダーになる、という幼いころからの夢をかなえました。

プロ生活

1979年にプロとなってから3年間、サミアは3度のMrオリンピアを含む11の大会に出場します。

上位に入賞することはしばしばありましたが、プロの頂点までの道のりは険しく、なかなか優勝を勝ち取ることができません

しかし、悔しい時期は長くは続きませんでした。

1983年のMrオリンピア。

リー・ヘイニーフランク・ゼーンなどとの激戦の末、ついにサミアは優勝を勝ちとしました。

ちなみに、サミアはリー・ヘイニーにオリンピアで勝った唯一のボディビルダーです。

Exclusive Interview with 1983 Mr. Olympia, Samir Bannout | DigitalMuscle.com

引退と復帰

オリンピアでの優勝後も、サミアは大会に出場し続けます。

13年間で38もの大会に出場し、3度の優勝を経験するなどの成績を収め、当時を代表するボディビルダーとして活躍していきました。

プロデビュー以来、長きにわたり活躍してきたサミアですが、1996年、41歳で引退を表明しました。

ボディビルダーとして輝かしい成績を残し、ボディビル界に大きく貢献したサミア。

その功績を認められ、引退から4年後、アーノルド・シュワルツェネッガー、ラリー・スコット、セルジオ・オリバなどと並んでIFBBの栄誉殿堂入りを果たしました。

この栄誉を受けたサミアの情熱は再び燃え上がり始めます

もう一度ステージに立つことを目標にトレーニングに励みだしたサミアは、ゆっくりではありましたが、着実にコンディションを上げていきました。

そして2011年、56歳になったサミアは「World Masters Bodybuilding competition」で復帰を果たします。

デキスター・ジャクソンなどの強豪選手と肩を並べて争い、11位でフィニッシュ。

その大会を最後に、再び引退を表明しました。

An Interview With The Lion Of Lebanon, 1983 Mr. Olympia Samir Bannout (Part  2)

大会成績

  • 1974 Mr. Universe, Medium Class 7位
  • 1976 Mr. Universe, Middleweight 12位
  • 1977 Mr. International, Middleweight 2位
  • 1978 Mr. International, Middleweight 2位
  • 1979 Best in the World, Amateur 1位
  • 1979 World Amateur Championships, Light Heavyweight 1位
  • 1980 Grand Prix California 4位
  • 1980 Grand Prix Pennsylvania 7位
  • 1980 Night of Champions 10位
  • 1980 Mr. Olympia 15位
  • 1981 Grand Prix California 7位
  • 1981 Grand Prix New England 6位
  • 1981 Night of Champions 10位
  • 1981 Mr. Olympia 9位
  • 1982 Grand Prix Sweden 2位
  • 1982 Mr. Olympia 4位
  • 1983 Mr. Olympia 1位
  • 1984 Canada Pro Cup 5位
  • 1984 Mr. Olympia 6位
  • 1984 World Grand Prix 5位
  • 1985 WABBA World Championship 1位
  • 1986 WABBA World Championship 1位
  • 1988 Grand Prix England 10位
  • 1988 Grand Prix Italy 9位
  • 1988 Mr. Olympia 8位
  • 1989 Arnold Schwarzenegger Classic 4位
  • 1989 Grand Prix Finland 6位
  • 1989 Grand Prix France 8位
  • 1989 Grand Prix Germany 5位
  • 1989 Grand Prix Holland 5位
  • 1989 Grand Prix Spain 5位
  • 1989 Grand Prix Spain  5位
  • 1989 Grand Prix Sweden 3位
  • 1989 Mr. Olympia 9位
  • 1990 Arnold Schwarzenegger Classic 4位
  • 1990 Grand Prix England 6位
  • 1990 Grand Prix Finland 5位
  • 1990 Grand Prix Italy 6位
  • 1990 Houston Pro Invitational 2位
  • 1990 Mr. Olympia 8位
  • 1990 Pittsburgh Pro Invitational 1位
  • 1990 NABBA World Championships Professional 2位
  • 1991 Mr. Olympia 16位
  • 1992 Grand Prix Germany 11位
  • 1992 Mr. Olympia 16位
  • 1993 Arnold Schwarzenegger Classic 13位
  • 1993 Ironman Pro Invitational 13位
  • 1993 San Jose Pro Invitational 10位
  • 1994 Grand Prix England 14位
  • 1994 Grand Prix Germany 13位
  • 1994 Grand Prix Italy 12位
  • 1994 Grand Prix Spain 12位
  • 1994 Mr. Olympia 19位
  • 1996 Masters Mr. Olympia 6位
  • 2011 IFBB Pro World Masters Bodybuilding 11位
Mr. Olympia Samir Bannout Begs For The Return Of Old School Bodybuilding –  Fitness Volt

トレーニング

サミアはトレーニングにおいて

高重量を扱う

ということを重要視していました。

180kgを超えるような重量でベントオーバーロウをするなど、超高重量のトレーニングにこだわっていたようです。

また、トレーニングは全身を3分割にして行い、

3日トレーニングして1日休む

というルーティーンを組んでいたそうです。

実際のルーティーンは以下の通りです。

1日目胸・背中
2日目
3日目肩・腕
4日目オフ

食事

サミアの減量期の食事はかなり極端で、普通のトレーニーがまねできるようなものではありませんが、参考程度に紹介しておきます。

彼は減量中は

ほとんどのカロリーをタンパク質(主にチキンか魚)からとり、脂質はほどほどに、炭水化物は完全にカットする

という食事をしていたそうです。

また、大会が近づくにつれて食事の量を減らしていき、大会直前にはアミノ酸のサプリと肝臓用のタブレットだけで生活することもあったと言います。

(※もちろんですが、普通の人がこんな食生活を続けると命にかかわります。くれぐれもマネしないようにしてください)

まとめ

Mrオリンピアを制したこともあるボディビルダー、サミア・バヌーについて紹介してきました。

日本での知名度はあまりありませんが、彼もまた歴史に名を刻む偉大なボディビルダーです。

以上、『サミア・バヌーってどんな人?【経歴からトレーニング、食事まで】』でした!

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