クリス・ディッカーソンのすべて【経歴からトレーニング、食事まで】

選手紹介

クリス・ディッカーソンというボディビルダーはご存じでしょうか?

彼は黒人選手として初めてMrオリンピアを制したボディビルダーでもあり、当時最年長でオリンピアで優勝するなどして活躍した選手です。

また、自ら性的マイノリティであることを告白するなど、当時のボディビル界に大きな衝撃をあたえた人物でもあります。

今回の記事では、そんなクリス・ディッカーソンについて紹介していきます。

プロフィール

本名:クリス・ディッカーソン
出身:アメリカ合衆国アラバマ州モントゴメリー
生年月日:1939年8月25日
身長:168sm
体重:84-89kg
上腕:45.7cm
Chris Dickerson Spotlight | DigitalMuscle.com

経歴

生い立ち

クリスは1931年、アラバマ州の中心で、三つ子の一人として生まれました。

彼の母親はマハラ・アシュリー・ディッカーソン。

ローザ・パークスの生涯にわたる親友として、また、アラバマ州で黒人女性初の弁護士として有名だったマハラ。

公民権運動の指導者としても活躍しました。

そんな母の姿を見て育ったクリスは、幼いながらも

「人種や性別の壁に当たることがあるかもしれないけど、固い決意をもって進めば乗り越えられる。」

と考えるようになっていきました。

ボディビルとの出会い

幼いころから歌や演劇が大好きだったクリス。

いつしかオペラ歌手を夢見るようになった彼は、高校卒業後、「New York Academy of Dramatic Art」に入学し、歌の勉強を始めます。

歌手として成長するには、大きく迫力のある声を出せるようになることが必要です。

そのためには胸筋を発達させる必要があると考えたクリスは、歌の補強として、ウエイトトレーニングを始めました。

始めは歌のために筋トレを始めたクリス。

しかし、ある時ボディビル雑誌を目にしたことをきっかけに、彼のトレーニングに対する考え方は変わります。

その雑誌に載っていた「ビル・パール」というボディビルダーの写真を見て、筋トレの持つ無限の可能性に気づき始めました

24歳になるころには、本格的なウエイトトレーニングを始めたました。

筋トレに目覚めたクリスはビルの在籍するジムに入会し、彼自身から指導を受けてトレーニングに励むようになります。

偉大なボディビルダーになるという夢を胸に抱くようになったクリス、病院で働きながらトレーニングに励むというハードな生活を送っていきました。

Chris Dickerson - Mr. Olympia 1x só - YouTube

ボディビルダーとして

ボディビルダーとして活動を始めたクリスですが、3つの大きな問題に直面します。

その3つとは

  • ゲイに対する差別
  • 根強く残るアフリカ系アメリカ人への差別
  • 168cmという低身長

です。

そんな中でもクリスは前を向き続けます。

イに対する差別やアフリカ系アメリカ人に対する差別は、他人が自分のことをどう見るかの問題で、自分の心の在り方次第で乗り越えられる

という強い意志をもって活動していきました。

しかし、伸長に関しては非常に苦労することになります。

というのも、当時は180cmを超えるような大柄なボディビルダーが多く、身長の低かった彼はどうしてもジャッジに好印象を与えにくかったのです。

彼は初めて大会に出場したのは1965年、本格的なトレーニングを始めて2年が経った頃でした。

結果は3位と目標としていた優勝には届かなかったものの、クリスはこの結果に喜び、トレーニングに対するモチベーションをさらに高めていきます。

さらに高いモチベーションをもってボディビルに取り組むようになった彼はその後多くの大会に出場し、優勝を収めてきました。

身長というウィークポイントがあるにも関わらず多くの大会で好成績を収めていったクリスは、すぐに注目を浴び、時代を代表するボディビルダーとして認知されていきました。

ビルとの再会

ボディビルダーとしてさらなる高みを目指すようになったクリスは、再びビルの指導のもと、トレーニングに励んでいきます。

週に5回一緒にトレーニングし、6回ポージングの練習をするというハードな生活を送っていったクリス。

そのかいあってか、1970年には「Mr. America」と「Mr. Universe」で2冠を達成するまでの成長を遂げ、名実ともにトップビルダーとして認知されていきました。

Mrオリンピアへ

1979年、クリスはIFBBという団体に移り、Mrオリンピアを目指して活動するようになります。

当時クリスは40歳。

中年にさしかかってなお彼のモチベーションは下がりません。

初出場のMrオリンピアで6位という好成績を収め、その後も優勝を目指してトレーニングを積み重ねていきました。

翌年のオリンピアでは、フランク・ゼーンなどの優勝候補を抑えて2位に食いこみ、ボディビル界に衝撃を与えました。

さらに翌年もクリスは2位に入賞します。

しかし、同時にクリスは、IFBBとのいざこざやジャッジの不透明さに不満を抱えていくようになります。

思うようにいかない状況のなか、一度はあきらめかけたクリス。

しかし、1982年の大会にすべてをかけようと決意し、再びトレーニングへの情熱を燃やし始めます。

そして来るオリンピア。

43歳となったクリスは黒人選手として初めてオリンピアを制覇するという偉業を達成したのです。

そしてクリスの名は、最もボディビルに影響を与えた人物のひとりとして語り継がれていくことになりました。

Chris Dickerson Workout Routine – For Size & Aesthetics

大会成績

  • 1966 Mr North America – AAU 2位
  • 1966 Mr New York State – AAU 1位
  • 1966 Mr Eastern America – AAU 1位
  • 1966 Mr Atlantic Coast – AAU 1位
  • 1966 Junior Mr USA – AAU 1位
  • 1966 Junior Mr USA – AAU 1位
  • 1967 Mr California – AAU 1位
  • 1967 Mr America – AAU, Most Muscular 4位
  • 1967 Mr America – AAU 6位
  • 1967 Junior Mr America – AAU 5位
  • 1967 Junior Mr America – AAU 4位
  • 1968 Mr USA – AAU, Most Muscular 2位
  • 1968 Mr USA – AAU 1位
  • 1968 Mr America – AAU, Most Muscular 3位
  • 1968 Mr America – AAU 3位
  • 1968 Junior Mr America – AAU 3位
  • 1969 Mr America – AAU 2位
  • 1969 Junior Mr America – AAU 2位
  • 1970 Universe – NABBA, Short 1st
  • 1970 Mr America – AAU 1位
  • 1970 Mr America – AAU 1位
  • 1970 Junior Mr America – AAU 1位
  • 1970 Junior Mr America – AAU 1位
  • 1971 Universe – NABBA, Short 1位
  • 1973 Universe – NABBA, Short 1位
  • 1973 Universe – NABBA 1位
  • 1973 Pro Mr America – WBBG 1位
  • 1974 Universe – Pro – NABBA, Short 1位
  • 1974 Universe – Pro – NABBA 1位
  • 1975 World Championships – WBBG 2位
  • 1975 Universe – Pro – PBBA 2位
  • 1976 Universe – Pro – NABBA, Short 2位
  • 1976 Universe – Pro – NABBA 3位
  • 1976 Olympus – WBBG 4位
  • 1979 Mr. Olympia – IFBB, Lightweight 4位
  • 1979 Grand Prix Vancouver – IFBB 2位
  • 1979 Canada Pro Cup – IFBB 1位
  • 1979 Canada Diamond Pro Cup – IFBB 2位
  • 1980 Pittsburgh Pro Invitational – IFBB 2位
  • 1980 Mr. Olympia – IFBB 2位
  • 1980 Night of Champions – IFBB 1位
  • 1980 Grand Prix New York – IFBB 1位
  • 1980 Grand Prix Miami – IFBB 1位
  • 1980 Grand Prix Louisiana – IFBB 2位
  • 1980 Grand Prix California – IFBB 1位
  • 1980 Florida Pro Invitational – IFBB 1位
  • 1980 Canada Pro Cup – IFBB 1位
  • 1981 Professional World Cup – IFBB 2位
  • 1981 Mr. Olympia – IFBB 2位
  • 1981 Night of Champions – IFBB 1位
  • 1981 Grand Prix World Cup – IFBB 2位
  • 1981 Grand Prix Washington – IFBB 1位
  • 1981 Grand Prix New York – IFBB 1位
  • 1981 Grand Prix New England – IFBB 2位
  • 1981 Grand Prix Louisiana – IFBB 1位
  • 1981 Grand Prix California – IFBB 1位
  • 1982 Mr. Olympia – IFBB 1位
  • 1984 Mr. Olympia – IFBB 11位
  • 1990 Arnold Classic – IFBB 8位
  • 1994 Masters Olympia – IFBB 4位
After Surviving a Heart Attack and Covid, Chris Dickerson to Celebrate His  81st Birthday

トレーニング

はじけるような筋肉量と美しいバランスを誇る肉体を持つクリス。

彼自身が

優勝する肉体の基礎手に入れるためにフリーウエイトよりも大切なものはない。

と語っており、トレーニングにおいてはフリーウエイトを重視し、マシンはほとんど使わなかったようです。

また、ベンチプレスなどの基本的なトレーニングを徹底的にやりこむことを大切にしており、

高重量を扱いつつもフォームを崩さない

という意識でトレーニングに挑んでいたようです。

chris-dickerson-037 – Built Report

食事・サプリメント

クリスは、

食事と休養がおろそかになると肉体を損ねかねな

と考え、トレーニングだけでなく食事や休養にも気を配っていました。

食事に気を遣うことでオーバートレーニングのリスクも抑えることができる、とも考えていたようです。

また、当時のボディビルダーとしては珍しくサプリメントにもこだわりを持っており、

アミノ酸
ビタミンB
ビタミンE

などをサプリメントから摂取していたようです。

自分の感覚だけに頼ることなく、科学的・客観的に栄養面にアプローチすることを大切にしていたらしく、この姿勢が最年長でのオリンピアにつながったのかもしれませんね。

まとめ

差別や偏見に負けず、偉大なボディビルダーとして歴史に名を刻んだクリス・ディッカーソン。

彼のような強い信念と意思をもって生きていきたいですね。

以上、『クリス・ディッカーソンのすべて【経歴からトレーニング、食事まで】』でした!

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